【万引き家族】を見て感じたこと

 

「万引き家族」を見てきました。

実は、初めての一人映画。

一人で見るのって気楽でいいですね、好きになっちゃった!余韻に一人で浸れる。

※ここからネタバレを含みます

contents

あらすじ

東京の下町に暮らす、日雇い仕事の父・柴田治とクリーニング店で働く治の妻・信代、息子・祥太、風俗店で働く信代の妹・亜紀、そして家主である祖母・初枝の5人家族。

家族の収入源は初枝の年金と、治と祥太が親子で手がける「万引き」。5人は社会の底辺で暮らしながらも笑顔が絶えなかった。

冬のある日、近所の団地の廊下にひとりの幼い女の子が震えているのを見つけ、見かねた治が連れて帰る。体中に傷跡のある彼女「ゆり」の境遇を慮り、「ゆり」は柴田家の6人目の家族となった。

しかし、柴田家にある事件が起こり、家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれの秘密と願いが次々に明らかになっていく。

 

家族と幸せ

”万引き家族”で描かれている家族は、それぞれが闇を抱えながらも、お互いがお互いの存在に支え合われながら生きていた。

社会的には「底辺」なんだけれど、幸せはそこに確かにあった。

ビルの影に隠れてしまって、音しか聞こえない花火を縁側にみんなで集まって見るシーンや、試着室に持ち込んで盗んだ水着を着て海水浴へ行くシーンはなんだか心がぎゅっとした。

一人一人がふとしたところで見せる温かさや人らしさは、万引きをしてるシーンからだけでは想像もつかなかった。

父の治が、寒い日の夜に外で凍えていた女の子の「ゆり」に万引きしてきた食べ物を与えようとしたこと。両親からの虐待に気づいて家に置くことにしたこと。

また母の信代は、勤めていたクリーニング屋で同僚か自分かどちらがクビになるかを話し合えと言われた時に、拾ってきた「ゆり」のことをばらすと同僚から脅され退職をすることを飲んだ。

自分のした誘拐が表沙汰になることを心配したのも勿論あったかもしれないけれど、「ゆり」を守る母親のような気持ちがあったはず。

兄の祥太は「ゆり」に万引きをさせることに抵抗感を感じ始めたこと。「ゆり」が好きなお麩を万引きしてきたこと。

犯罪で決して世間から見たら正しくはないのだけど「ゆり」を通してみた時に、彼らなりの家族としての優しさや温かさがそこにはあった。

その日を生きるのに必死な故に、見失ったり自分のことで精一杯になることもあるけれどそれは環境のせいだと私は思った。仕方ないって思ってしまった。

受けられる教育

善悪の区別というのは、誰から教えられるのかによって変わる。

まだ小学生の祥太は万引きについて「お店にあるうちは誰のものでもない」と教えられて万引きが生活の一部になっていた。

また、父の治は小さい子供に万引きをさせていたことについて警察に咎められた時に「それしか教えられることがなかった」と言ったのだけど、その言葉はやるせなさそうで見ているこちらが切なかった。

教育のレベルは親の想定しているレベルを超えるのは難しい。

実際、祥太は学校にも通わせてもらえていなかったけれど、それが彼の父親の治にとっては普通。万引きも普通。

正しいことってなんだ

この映画を見て、1番胸が痛くなったのは最後に警察官から尋問で正論を浴びせられるシーン。

確かに世間的に正しいことを言っているのは分かるのだけど「そうせざるを得なかった」状況がこの家族には重なりすぎていて、何も言い返せない人に対して正論で攻撃する警察官の姿が私は非情に感じてしまった。

一時の”家族ごっこ”だったのかもしれないけれど、愛や幸せがそこには確かにあったはずなのに、それが証明できるものが何もなくてもどかしかった。

そこに温かな家族が存在していたことすら、嘘のように感じてしまってかなしかった。


映画を見てすぐに思ったことをまとめたのだけれど、色々な人の考えや解説を聞いてまた考えが変わるかも。

そのときにまた追記します。

 

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